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心理カウンセリングオフィスLIBERESTAのスタッフブログ!

心配も嫉妬なの?

こんにちは。リベレスタ事務局のひとみです。
 
もう終わっちゃったかなーと思っていたハイビスカスの鉢に新たに2つ、小さなつぼみをみつけました!咲くかなー。なかなか可愛い色あいの花なんです。楽しみがまた一つ増えました(^^)

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さて、最近、スタッフと雑談していて、『親の子供に対する心配も嫉妬なんですよね』って話になり…。
 
『え?心配も嫉妬なの?』
(親が子どもを心配するのはあたりまえなんじゃないの?)
と、子供を持つ身としてちょっと考えさせられるなぁと。

 

でも、心配するって、つまり大丈夫だと信用しきれてないってことで、なんとかしてあげなきゃ、親である自分のほうがわかってるから、未然に防げるだろう、とか、教えてあげなくちゃ、とか、やはりこっち(親のほう)が上の立場になっていて、見下してるわけじゃないけど(いや、見下してるか…)愛情もって、心配してあげてる、って構図。
 
心配されてる対象のほうが、もちろん、下の立場だし、弱い立場。
 
で、そんな一番弱い弱者っていうのが、実は神から一番の憐れみを受ける存在だから、(と、聖書には書いてあります)
私(親)よりも下の立場にいるのに神からの一番の恩恵を受けるなんてずるい!(嫉妬)
という仕組みになる 
っていうようなことがいつだかの大嶋先生のブログにもあったような…と。(検索しきれませんでした)
 
まぁ、信用するといっても、さすがに赤ちゃんから危険物を排除するとか、程度問題だとは思いますが、
(触られたくないものや壊されたくないものを触ったり壊したりした幼い子どもを怒るんじゃなくて、そういうものはあらかじめ片付けておけばよい、それは出しておいた親が悪い、と娘が小さい頃言われた覚えがあります)
 
基本、子どもは親より高い能力を持って生まれてくる(と私は思っています。でも自分が子ども時代は親のが優れてると思ってましたけど!)ので、はっきり言って親は子どもを『本気で信用すること』のほうが、『心配すること』よりずっとずっと大事だと思います。
 
心配されることで、未然に危険を回避できたり、守られることもあるけれど、私自身は親からあれこれ心配されるのがすごく嫌で、かと言って、嫌だということを親にあからさまに伝えることもできなくて、自分に異変が起こり、病気になった時でさえ、心配されるのが嫌で隠してるうちにさらに大ごとになりました。(最後職場で倒れた時にはかなりヤバい状態にまで進行してて、結局親のツテで専門病院に入れもらい一命を取り留めた経験あり)
 
私の娘も、心配されるのがイヤー!とかなり幼いころから、拒絶反応を示されていたので、(生まれた時から反抗期、の娘.笑) 自分もそうだったし、わからないではないし、かなり気をつけてきたつもりではあったけれども、それって、本能的に嫉妬されるのを拒んでいたのかもね、とも思います。お母さん、嫉妬してるつもりはなかったんだよー(と、いいわけ、笑)
 
まー、親はなんでもよかれと思ってやっているのですよね。悪意はない(たぶん)、基本的には。だから、切ない。
 
でも親からの嫉妬や暗示が一番痛手が大きいし、堪えるんですよね。根深く、そして無抵抗に植え付けられるから。それは相当キツい。
 
しばらく前に『毒母』とか流行りましたけど、受け手としても、原因がそこだったとあっさり認められる方もいれば、認めたくない、躊躇したくなる方もいると思います。
 
いい、悪い、ではなく、
正しい、間違ってる、でもないんですよね。
 
だって、動物的な発作だから。
 
そう考えると、心配も、確かに嫉妬のひとつなのかもしれません。
 
楽しいか、楽しくないか、
快か、不快か、にわけたら、
明らかに、心配って、楽しくないし、不快なものだと思うから。
 
心配されてもうれしくないけど、
本気で信用されたら、うれしい、と思うから。